
- スティミングはなぜ重要で、どのように自閉スペクトラム症の人に役立つのか?
- スティミングを無理に抑えることのリスクにはどのようなものがあるのか?
- どのように社会全体がスティミングを理解し、受け入れることができるのか?
「スティミング(Stimming)」とは、「自己刺激行動(self-stimulatory behaviour)」の略で、自閉スペクトラム症(ASD)の人によく見られる、自分を落ち着かせるための行動のことです。
スティミングには、繰り返し行う動きや音、行動などが含まれます。
医学的な文献では、これを「硬直的かつ反復的な行動」の一種とみなすことが多く、しばしばネガティブに扱われています。
こうした見方の影響で、医療関係者や教師、保護者などがスティミングをやめさせようとすることがあります。しかし、スティミングは自閉スペクトラム症の人にとって、自分を守るためにとても大切な戦略です。
これを無理に抑えると、深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。
スティミングは自閉スペクトラム症に限ったものではありませんが、自閉スペクトラム症の人は特に頻繁に、そして目立つかたちで行うことがあります。
たとえば、手をひらひらさせたり、体を前後に揺らしたり、くるくる回ったり、つま先立ちで歩いたりすることがあります。
また、物を特定のパターンで並べたり、手を常に何かで遊ばせていたり、スティムトイ(刺激を与えるためのおもちゃ)を使ったりすることもあります。
スティミングは動きだけにとどまりません。
感覚全体に関わるもので、たとえば、言葉やフレーズを繰り返して発声する「音のスティミング」は、聞いたり言ったりする感覚が心地よいためです。
また、「スクリプティング」と呼ばれる行動──決まったパターンの会話を繰り返したり、お気に入りの映画を何度も見たりすることも、予測可能な安心感を得る方法です。
ペンや服、専用のアクセサリー(「チューラリー」と呼ばれる噛んでもよい装飾品)を噛むといった「口のスティミング」も一般的です。
このように広く捉えると、自閉スペクトラム症の人に限らず、多くの人が何らかのスティミングを行っていることがわかります。
それでも、自閉スペクトラム症の子どもたちはしばしばスティミングをやめるよう指導され、たとえば「ポケットに手を入れておこう」といった代替案が与えられることもあります。
しかし、こうした代替案は本来のスティミングが与える感覚刺激とは異なるため、自分をうまく調整する力を損なうことがあります。
多くの自閉スペクトラム症の大人たちは、自分が自然に行っていたスティミングを次第に失ってしまったと語ります。
これは意識的に我慢してきた場合もあれば、子どもの頃にやめるよう条件づけられた場合もあります。
現在でも、他人からの否定的な反応を恐れてスティミングを抑えている人も多く、それが心の健康に悪影響を及ぼしているのです。
なかには、職場でスティミングを控えるよう促されたという証言もあります。
スティミングのしくみについては、まだすべてが解明されているわけではありません。
しかし、多くの専門家は、スティミングが心地よい感覚刺激をもたらし、自閉スペクトラム症の人が刺激の多い環境にうまく対処するために重要な手段であると認識しています。
スティミングを抑えることは不快であり、「マスキング(仮面をかぶる行為)」の一部とも言われます。
マスキングとは、自閉スペクトラム症の特性を意識的または無意識的に隠して、社会的な拒絶を避けようとする行動のことです。
特に女性の自閉スペクトラム症の人にマスキングは多く見られ、それが不安や燃え尽き症候群、さらには自殺リスクの上昇にもつながると報告されています。
また、教育、仕事、人間関係、生活の質全体にまで影響を与えることもあります。
だからこそ、社会全体──とくに親、教師、雇用主たちが──スティミングを受け入れる姿勢を持つことがとても大切です。
研究によれば、理解が深まれば、受け入れも広がることが分かっています。
唯一、介入が必要となるのは、スティミングが自傷につながったり、他者に危険を及ぼしたりする場合です。
そのようなときは、より安全な代替行動を提案することが勧められます。
それ以外の場合は、シンプルに「そのままにしておくこと」が最良の対応です。
そして、自閉スペクトラム症の人にとって、スティミングは仲間とつながる手段にもなり得るのです。
ですから、もし自閉スペクトラム症の子どもや大人がスティミングをしているのを見かけても、わざわざ口を出したり止めようとしたりする必要はありません。
私の母はよくこう言っていました。
「良いことが言えないなら、何も言わないほうがいい」
この言葉は、まさにこの場面にも当てはまるのです。
(出典:THE CONVERSATION)(画像:たーとるうぃず)
自分の体を傷つけてしまう、まわりに迷惑をかける、ようなことがなければ、そのままにしておいてください。
本人が落ち着くだけでなく、うちの子のように話すことができない場合には、他者にもわかる感情表現にもなっていますから。
(チャーリー)