
- 予測可能な映像に対して注目する傾向は何を示しているのか?
- ASDの子どもにとって予測不可能な映像はどのような影響を与えるのか?
- 目の動きのパターンを分析することでASDの早期発見が可能になるのか?
早稲田大学の研究グループによる新たな研究で、自閉スペクトラム症(ASD)の可能性がある子どもたちが、予測しやすい動きの映像に対して、他の映像よりも長い時間注目する傾向があることが明らかになりました。
研究の背景には、ASDの子どもたちが社会的なコミュニケーションの面で困難を抱えると同時に、決まった動作や反復的な行動を好むという特徴があることがあり、これまでの研究では「幾何学模様」や「単純な反復動作」に興味を示す傾向が指摘されていました。
今回の研究では、3歳前後の子どもたちを対象に、目の動きを追跡する装置を用いて、子どもたちがどのように映像を見ているのかを調査しました。
具体的には、画面上に左右に並んで表示された二種類の映像を提示しました。
一方は、円や三角、四角などの幾何学模様が一筆書きのように滑らかに動く「予測可能な映像」、もう一方は同じ形がランダムで予測しにくい動きをする「予測不可能な映像」です。
子どもたちは、どちらの映像により長く目を留めるのかが実験の焦点となりました。
実験の結果、定型発達(TD)の子どもたちは、最初から最後までほぼ均等に両方の映像を見ていました。
しかし、ASDの可能性がある子どもたちは、最初の数秒間はどちらにも均等に視線を向けたものの、映像が進むにつれて、予測可能な動きの映像に対する注目時間が次第に伸びるという傾向が見られました。
たとえば、最初の5秒間は両方の映像をほぼ同じ時間見たのに対し、後半の5秒間では予測可能な映像に目が引かれるようになったのです。
また、親が記入したアンケートの結果とも関連付けた分析から、予測可能な映像により長い時間注目する子どもは、自閉症の特性を示す項目の得点が高く、さらに言語能力(たとえば語彙の発達)においても低い傾向があることがわかりました。
つまり、言葉の理解や表現が苦手な子どもほど、予測しやすい映像に引きつけられる傾向があるという結果が得られたのです。
この研究結果は、ASDの特徴の一つである「決まった動作への固執」や「反復的な行動」と、映像の予測可能性との関連を示唆しています。
子どもたちは、予測しやすい動きの映像に対して、安心感や親しみを感じやすいのかもしれません。
また、反対に予測不可能な動きは、子どもたちにとって理解しにくく、刺激が強すぎるため、早い段階で興味を失ってしまう可能性があります。
研究チームは、このような視線の動きのパターンが、将来的にはASDの早期発見のための新しい手法として活用できる可能性があると期待しています。
とくに、言語発達が十分でない子どもや、まだ十分な言葉で自分の気持ちを伝えられない子どもにとっては、目の動きの解析によって客観的にASDの兆候を見出すことができるかもしれません。
実際、今回の実験では、画面全体を見ている時間(画面注視時間)に大きな差は見られなかったものの、どの映像にどれだけ注目するかという内訳が大きく異なっていたため、単に視線の長さだけでなく、注目する対象の選び方が重要な指標となる可能性が示されました。
研究には31人の子どもが参加し、アンケートで評価された自閉症の特性や言語能力のスコアと、実際の目の動きが統計的に解析されました。
その結果、予測可能な映像への注目時間が長い子どもほど、社会的なコミュニケーションの困難さや反復的な行動の傾向が強く、また語彙の発達においても低い結果が示されました。
この点から、映像の動きの予測可能性が、子どもの認知や発達にどのような影響を与えているのか、そしてそれがASDの診断にどう活かせるのかについて、さらなる研究の必要性が強調されています。
さらに、今回の研究の手法は、実際の臨床現場や保健所での定期検診など、子どもの発達をチェックする際に手軽に導入できる可能性があります。
たとえば、数分間の映像を見せるだけで、その子どもの視線の動きを記録し、予測可能な映像への偏りを評価することで、ASDのリスクを早期に判断できるかもしれません。
早期にASDの兆候が見つかれば、早期介入や支援が行いやすくなり、子どもの発達支援に大きく寄与することが期待されます。
一方で、今回の研究にはいくつかの制約もあります。
まず、参加した子どもたちはまだ正式にASDと診断されていなく、研究では保護者に記入してもらう質問票の結果を用いてASDの特徴を示す子どもたちを「ASDの可能性があるグループ」として定義しました。
具体的には、社会的なコミュニケーションの困難さや反復的な行動などのASD特性を評価するために、SRS‐2(Social Responsiveness Scale, Second Edition)のTスコアを用いました。
SRS‐2の複数のサブスケールでTスコアが60点以上であった子どもは、ASDの可能性があると判断され、ASDの正式な診断を受けていなくてもその特徴を持つグループとして扱われました。
そのため、将来的に診断された場合に同じ結果が得られるかどうかは、今後の研究で確認が必要です。
また、評価に用いた質問票は、親御さんの記憶に基づくものであるため、記憶の曖昧さが結果に影響している可能性もあります。
さらに、参加者の年齢の幅が広いことも、結果の一般化にあたって注意が必要な点として挙げられます。
このような課題を踏まえ、研究チームは今後、より幅広い年齢層や正式なASD診断を受けた子どもたちを対象にした追加調査を行い、今回の結果をさらに検証する予定です。
最終的には、目の動きを解析することで、言葉や行動の評価が難しい子どもたちにも客観的な発達評価を提供できる新しいスクリーニング方法の確立を目指しています。
今回の研究は、子どもたちがどのように映像を認識し、興味を持つかという視点から、ASDの特徴や発達のメカニズムに新たな光を当てるものです。
従来の診断方法では見逃されがちな微妙な視線の動きに着目することで、将来的な早期発見と療育の可能性が広がると考えられています。
研究結果が実用化されれば、保育園や小児科などの日常的な発達チェックの現場で、手軽にASDのリスクを判断できるツールとして役立つことが期待されます。
今回の取り組みは、発達障害に関する理解を深めると同時に、子どもたちの健やかな成長を支援するための新しいアプローチとして、今後も大きな注目を集めるでしょう。
専門家だけでなく、一般の保護者や教育関係者にもわかりやすい方法で、子どもの発達のサインを捉える手段が増えることは、社会全体にとっても大きな前進となります。
(出典:Nature)(画像:たーとるうぃず)
うちの子も小さな頃は、テレビに映っていても、ずっと見続ける映像とまったく興味を示さない映像というのがありました。
「予測可能な映像」
そう言われると、そんな違いがあったのかもしれません。
(チャーリー)