- 多言語環境は、発達障害を持つ子どもたちの実行機能や社会的スキルにどのような影響を与えるのか?
- 自閉症スペクトラム障害を持つ子どもが多言語環境で育つことの具体的なメリットは何か?
- 両親が多言語環境を選ぶ際に考慮すべきポイントは何か?
米マイアミ大学心理学部のセリア・ロメロを中心とする研究チームは、自閉症スペクトラム障害(ASD)の子どもたちが多言語環境で育つことで、実行機能(EF)や社会的スキルが向上する可能性を示す研究結果を発表しました。
この研究は、米フロリダ州マイアミを拠点に、7~12歳の子どもたち116人(うち53人がASD、63人が発達障害のない子ども)を対象に実施されました。
その結果、多言語環境の子どもたちは、単言語環境の子どもたちと比べて、いくつかの重要な認知能力や社会的スキルが優れていることが明らかになりました。
まず、「実行機能(EF)」について説明します。
実行機能とは、私たちが目標を達成するために必要な一連の認知的な能力を指します。これには、「抑制」(不要な行動や思考を抑える力)、「切り替え」(異なるタスクや状況にスムーズに対応する力)、「ワーキングメモリ」(必要な情報を一時的に保持する力)などが含まれます。
これらの能力は、計画を立てたり、問題を解決したり、周囲の変化に適応したりするために不可欠です。
ASDの子どもたちは、こうした実行機能に困難を抱えることが多いとされています。
たとえば、特定の行動に固執したり、新しい状況に適応するのが苦手だったりするため、日常生活や社会的なやり取りに支障をきたすことがあります。
しかし、ロメロらの研究によると、多言語環境がこうした実行機能を向上させる可能性があることが示されています。
研究チームは、子どもたちの実行機能を保護者の報告を基に評価しました。
その結果、多言語環境で育った子どもたちは、「抑制」や「切り替え」といった実行機能のスキルがより高いことがわかりました。
とくに、ASDの子どもたちでは、この効果がより顕著に現れました。
たとえば、ASDの子どもたちは、新しい課題に移る際にしばしば苦労しますが、多言語環境で育ったASDの子どもたちは、単言語環境の子どもたちと比べてスムーズに対応できる傾向が見られました。
また、「抑制」の面でも、多言語環境のASDの子どもたちの方が、自分の衝動や行動をコントロールする能力が高いことが報告されています。
研究チームは、多言語環境では複数の言語を切り替える必要があるため、自然と抑制力や切り替え力が鍛えられると考えています。
これは「バイリンガルの利点」と呼ばれる現象で、複数の言語を使いこなすために脳が常に情報を整理し、必要な言語を選択する作業を行うことが関係しているとされています。
さらに、多言語環境はASDの子どもたちの「視点取得能力」の向上にも影響を与えることがわかりました。
視点取得能力とは、他者の感情や考えを理解し、それに基づいて行動する力のことです。
この能力は、社会的なやり取りにおいて非常に重要です。たとえば、友だちと意見が違うときにその理由を理解したり、相手の気持ちに寄り添ったりする場面で役立ちます。
研究によると、多言語環境の子どもたちは、相手の視点をより正確に理解し、共感する力が強い傾向があることが示されました。
これは、日常的に異なる言語を使い分ける必要がある多言語環境では、「自分と他人では異なる知識や視点を持っている」という認識が自然と養われるためだと考えられています。
また、視点取得能力の向上は、実行機能が強化されることで間接的に促進される可能性もあると指摘されています。
今回の研究では、ASDの核心症状である「社会的コミュニケーションの困難」や「反復行動」にも、多言語環境が間接的に良い影響を与えていることが示唆されました。
たとえば、多言語環境のASDの子どもたちは、保護者の報告によると、社会的なやり取りがよりスムーズで、同じ行動を繰り返す頻度が少ないという傾向が見られました。
これらの結果は、多言語環境によって強化された実行機能がASDの症状を和らげる可能性を示しています。
この研究は、ASDの子どもを持つ親にとって重要な示唆を与えるものです。
ASDの診断を受けた子どもに対し、「母国語の使用を制限し、単言語環境にするべきだ」と考える親も多いですが、ロメロは「多言語環境はASDの子どもに有益であり、母国語を制限する必要はない」と強調しています。
とくに、家族内での円滑なコミュニケーションや、地域社会とのつながりを保つためには、多言語環境がむしろ望ましいといえます。
また、母国語を制限すると、親子の会話の機会が減り、子どもの社会的スキルが発達する機会を失うリスクもあります。
さらに、多言語環境は、文化的なアイデンティティを保つ上でも重要です。
この研究は、ASDの子どもたちが多言語環境から得られる認知的・社会的な利益を示し、親が安心して多言語育成を選べるよう後押しするものです。
ロメロらの研究は、多言語環境がASDの子どもたちにどのような影響を与えるかを理解するための第一歩です。
今後の研究では、多言語環境の子どもたちがどのような経緯で認知能力や社会的スキルを向上させるのか、その具体的なメカニズムをさらに解明することが期待されています。
また、長期的な追跡調査を行うことで、多言語環境の効果が時間を経てどのように変化するのかを明らかにすることも重要です。
この研究は、多言語環境がASDの子どもたちに与える可能性を示す貴重な一歩であり、今後の教育や支援の在り方に新たな視点を提供するものとなるでしょう。
(出典:Autism Research)(画像:たーとるうぃず)
「多言語環境で育った子どもたちは、「抑制」や「切り替え」といった実行機能のスキルがより高い」
たしかに理屈からすると納得できます。
(チャーリー)