- 瞳孔の伝染現象は、発達障害を持つ子どもたちにどのように影響を及ぼすのか?
- 自閉スペクトラム症の特性を持つ人が視線を避ける理由は、情緒的な過負荷を避けるためなのか?
- 瞳孔の大きさの変化が心拍数に関連することは、感情的な覚醒の伝達メカニズムをどのように示しているのか?
スウェーデンのヨーテボリ大学に所属するマルティナ・A・ガラズカ博士を中心とした研究チームは、「瞳孔の伝染現象」と呼ばれる、他者の瞳孔の大きさに影響を受けて自分の瞳孔の大きさが変化する現象について詳細に調査しました。
この現象は、相手の感情的な状態や興奮が無意識のうちに自分に伝わるという、いわゆる「覚醒の伝達」を示すものだと考えられています。
この研究ではとくに、自閉スペクトラム症(ASD)に関連する特性を持つ子どもや青年を対象に、瞳孔の伝染が自律神経系の反応、すなわち瞳孔の変化や心拍数、皮膚の電気的反応(皮膚コンダクタンス)とどのように関連しているかを検証しました。
ASDは、社会的なコミュニケーションや対人関係において特徴的な行動パターンを示す発達障害であり、この研究はASDの人々の感情的な刺激に対する反応を理解するための重要なステップとなっています。
研究に参加したのは、6歳から18歳までの66名の子どもと青年で、その中には自閉スペクトラム症の診断を受けた子どもや、その診断待ちの子どもが含まれていました。
研究チームは、被験者に対して、瞳孔の大きさが異なる子どもの顔写真を提示し、彼らの視線が目の部分に固定されている時と、自由に見ている時の両方の状態で反応を測定しました。
被験者の瞳孔サイズ、心拍数、皮膚の電気反応を記録し、これらの反応が瞳孔の伝染にどのように関連するかを詳細に分析しました。
この実験では、まず子どもたちに、瞳孔が「大きい」顔と「小さい」顔の写真を見せました。
そして、子どもたちの視線を目に向けるように、写真の目の部分に十字マークをつけた場合と、自由に写真を見てよい場合の2つの条件で調べました。
その結果、視線が目の部分に固定されている条件では、他者の瞳孔が大きくなると被験者の瞳孔も大きくなるという「瞳孔の伝染」が確認されました。
さらに、この瞳孔の伝染現象は、心拍数にも影響を与え、相手の瞳孔が大きくなると被験者の心拍数も増加することがわかりました。
しかし、皮膚の電気反応には大きな変化が見られなかったことから、瞳孔の伝染が皮膚コンダクタンスとは直接的に関連しない可能性が示唆されました。
この研究のもう一つの重要な側面は、ASD特性と瞳孔の伝染との関連性を探ることでした。
自閉スペクトラム症の特性は、社会的なやりとりや感情認識において独自の反応を示すことが知られていますが、今回の研究では、ASD特性が強い子どもほど、他者の瞳孔の変化に敏感であることが明らかになりました。
とくに、目の部分に視線を固定する条件下では、ASD特性を持つ子どもたちの間で瞳孔の伝染が顕著に見られ、他者の感情的な状態に対して強い感受性を示していることがわかりました。
この結果は、ASD特性を持つ子どもが他者の目を見ることを避ける理由として、「過度な感情的な刺激」を避けるための戦略である可能性を示唆しています。
さらに、この研究は、従来のASDに対する見解に新たな視点を提供しています。
従来、ASDの特徴は社会的な無関心や他者の感情に対する感受性の低さであるとされてきましたが、この研究の結果はそれとは異なる見解を支持しています。
具体的には、ASDの子どもたちは他者の瞳孔の変化に対して過度に反応し、感情的な刺激に敏感であることが示されました。
これにより、ASDの人々が他者との視線を避ける理由が、感情的な負荷を軽減するための自己調整である可能性が考えられます。
この仮説は、近年の神経科学的研究とも一致しており、ASDの人々は、感情的に強い刺激、とくに直接的な目の接触に対して、脳の特定の領域が過剰に活性化することが知られています。
この研究では、瞳孔の伝染現象が実際に感情的な覚醒の伝達メカニズムであることを部分的に確認しました。
とくに、瞳孔の大きさの変化が心拍数の変化と連動しており、他者の感情的な状態が自分に伝わっていることが示されました。
しかし、この効果は、視線が目の部分に固定されている場合に限られ、視線が自由に動く条件では確認されませんでした。
このことから、瞳孔の伝染が発生するためには、視覚的な注意が目の周辺に集中している必要があることが示唆されます。
この研究は、自閉スペクトラム症の特性を理解する上で重要な知見を提供しており、とくにASDの人々が社会的な刺激に対してどのように反応するかを理解するための新しい手がかりとなっています。
今後の研究では、さらに多くの被験者を対象にしてこの結果を確認することが求められています。
また、今回の研究では、皮膚の電気反応に変化が見られなかったため、今後はより感情的に強い刺激を用いて、他の自律神経系の反応も検討する必要があります。
結論として、この研究は、他者の瞳孔の大きさに対する無意識の反応が、心拍数と関連し、とくに視線が目の部分に固定されている場合に瞳孔の伝染現象が顕著に見られることを明らかにしました。
また、ASD特性を持つ子どもたちは、感情的な刺激に対してより敏感であり、社会的なやりとりにおいて過度な感情的負担を避けるために視線を制御している可能性があることが示唆されています。
この研究は、ASDの社会的な特性や感情的な反応に関する理解を深める上で、重要な一歩となるでしょう。
(出典:Scientific reports)(画像:たーとるうぃず)
自閉症の人が目を合わせないのは、相手からの感受性が低いためでなく、むしろ、高すぎるために避けているのです。
つまり、これまでの考えは、事実とは真逆だったのです。
自閉症の人がかかえる困難が少しでも減るように、ますますこうした研究で、正しい理解が進むことを願います。
自閉症の人の中には「過剰に共感」ハイパーエンパシーの人もいる
(チャーリー)