先日、友人からメッセージが届きました。知的障害をかかえる子どもがひどい行動を取ってしまったと。
そうしてしまうことは、私にはよくわかっています。そのため、私たちは穏やかにやりとりをしました。
しかし、彼女はこう言って会話を終えました。
「私の家族は、私が息子に対して十分なしつけができていないと思っている。
理解しようとしない」
言う通りだと思います。理解しない人は理解しません。
私もこれまでに経験してきました。
私がすでにしてきたことを知らないで、友だちや知らない人から、ああしたら、こうしたら言われてきました。
なので、理解してもらえるように伝えさせてください。
特別支援を必要とする子どもをもつ親の多くは、子どもの行動については常に注意しています。
私も学校に行ったり、本を読んであげたり、戦略をもって療育を行い、その戦略を止めたり、違う療育にしたり、そうしたことを繰り返して行ってきました。
私の子どもの行動には波があります。
私の子どもはクリスマスをすぎると、下降傾向になります。
足を引きずって、動くことを拒否するような動きもしました。
退屈になると家中を散らかす行動をとりました。
トイレはできるのですが、ずっと我慢してなかなか行きません。
それは2月まで続きました。
この間は、毎日問題行動に対処しなければなりませんでした。
しかし、ある日そうしたことが突然止みました。
何をしても収まらず、ずっと対処はしても治療方法も見当たらなかったのに。
それが息子との生活です。
私は努力しています。
私の友だちもがんばっています。
特別支援を必要とする子をもつ親は努力しています。
子どもと距離をとるアプローチをしているときもあるので、私の努力は他の人からはそうは思われない場合もあるかもしれません。しかし、そのときはそれが有効なのです。
特別支援を必要としない子どもを育てる方法と似ていることもあれば、全く違うこともあります。
コミュニケーションの困難から、息子がイライラすることも理解しています。
夫や私は言語療法などで、息子に必要な手段を与えたいとできる限りのことをして、良くなってきています。
息子は楽しいことが大好きです。
しかし、不満がたまってくると他の人には理解できない、時には私たちにも理解できない行動をとります。
私がもっと療育を行わなければならないと思うときは、これまでの療育などが足りていなかったと認識していることを知っておいてください。
私が厳しいように見えたら、それはあなたが思っている以上に、私の子どもにはもっと可能性があるからだと理解してください。
つまり、私は障害をかかえる子を、その子に合っていない世界で育てているのです。
いつも、息子をどうやって受け入れるのが一番いいのかを考えています。
息子はときどき疲れ果てています。私もときどき疲れ果ててしまいます。
息子にはたくさんの可能性があります。なので、世界には息子を期待してほしいと願っています。
そして、息子が人生を謳歌するためには、もっとサポートと優しさが必要であることにも気づいてほしいと願っています。
私はこうしたことを考え、バランスをとりながら行動しています。
私の生活や友だちの生活を理解できない人がいることはしかたありません。
しかし私たちは常に努力しているんです。
苦労自慢はしたくありませんが、知ったふうに言われると、言い返したくなる気持ちはよくわかります。
スルーしましょう。スルー。
(チャーリー)