- 1. 音楽によって発達障害を持つ人がどのように変化するのか?
- 2. ビートルズの音楽が息子にどのような影響を与えたのか?
- 3. 音楽を通じて家族がどのように結びついたのか?
音楽が人類共通の言語だといっても何年もの間、息子にとっては聞こえていないようなものでした。
私はママと一緒になって、ひざの上にのせた息子を上げ下げしながら、童謡を歌ったりしました。
しかし、息子には全く関心がないようでした。
息子は3歳になったときに自閉症スペクトラム障害と診断をされました。
静かなほうが落ち着けることを知ると、私たちは車のラジオも消すようになりました。
家族みんなで静かにしているのがおきまりになりました。
そうでないとしたら、息子が叫んだり、おもちゃを投げたりしているときでした。
ある日、息子はビートルズの”When I’m Sixty-Four”(僕が64歳になっても) を耳にしました。
初めて、好きな音楽に出会ったようでした。
本当に大好きになりました。夢中になりました。
その理由は今でもわかりません。
しかし、理由はどうあれ、息子が音楽が大好きになるなんて思ってもいませんでした。
その曲がかかるたびの息子の目がキラキラ輝きました。
めったに笑顔になることがなかったのに、大きな笑顔になりました。
そして踊りだすようになりました。
息子が踊っているのです。私はうれしくて喜びを抑えることができませんでした。
それから、息子はビートルズの曲を聞くようになりました。
毎晩、家族みんなで聞きました。
息子の大好きなことを応援したくて、安くはありませんでしたがビートルズのイベントにも出かけることにしました。
息子は人混みや騒がしい音は苦手でした。そのため、出かけたときにはたびたび息子は悲鳴を上げたりすることもあったので、家族として「ふつう」のことをするのを、それまで諦めていました。
2時間のイベントを息子はずっと座っていられるのでしょうか。心配でした。
イベントの当日、私は息子が最悪の状態になってしまうことに備えました。
たくさんの人たちに囲まれて、私たちは座っています。
ポップコーンを買い、耳栓の準備もしてあります。
そのあとは、息子のことを祈るしかありませんでした。
馴染みのあるクラリネットの音が聞こえてくると、息子は夢中になって聞き出しました。
私はその間、息子を見ていました。
息子は表情を浮かべ、いつものように踊りだしました。
私は泣いてしまいました。
音楽には人を変える力がたしかにありました。
私も途中から、音楽だけに夢中になりました。
すっかり、私の息子はビートルズマニアになりました。
CDが壊れるまで聞きました。
車の中では、何度もアビイ・ロードを聞きました。
「カム・トゥギャザーは、4分20秒の曲です。
ちょうど、オール・トゥギャザーの2分10秒の2倍の長さになっているんです。知ってる?」
「ウィジン・ユー・ウィザウト・ユーは誰が歌っているか知ってる?」
5分毎にそんな息子からの質問を聞きました。
それは、息子が言ったことを忘れているからではなくて、息子が上手にそう質問を話してくれるのを私が聞きたかったからです。
私はビートルズに感謝しました。
息子が大好きになったのは、マインクラフトでも電車でも、掃除機でもありませんでした。
息子が大好きになったのは音楽でした。
テイラー・スウィフトやジャスティン・ビーバーではなく、ビートルズだけですが。
発達障害である自閉症の特徴として、コミュニケーションに困難をかかえることがあります。
しかし、息子はリバプール生まれの4人のおかげで、ほとんど話すことがなかったのに話すようになったのです。
「オノ・ヨーコがビートルズを解散させたのですか?」
「あの人がポールだということがわかりますか?」
ビートルズが私たち家族を一つにしてくれました。
ときどき、音楽がうるさくなって、私が別の部屋に行ってしまうこともありますが。
いつまで、ビートルズマニアでいるのかはわかりませんが、徐々に変わっていってほしいと思います。
とうのも、私がビートルズ以外の音楽を聞いていると、息子が消してしまうのです。
息子は変わるはずです。
それは、私が64歳になったときかもしれませんね。
(出典:カナダTHE GLOBE AND MAIL)(画像:Pixabay)
大好きなものが見つかって本当によかったと思います。
私はノリノリの曲かピコピコしている曲が好きです。
うちの子も私が好きな曲が好きなようで、よく踊りだします。踊っている姿を見ると何よりもうれしくなります。
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(チャーリー)