- 自閉症スペクトラム症を持つ人は、短い休憩中の学習進展をどのように活用できるのか?
- 学習能力において、自閉症特性はどのように影響するのか?
- 短い休憩が記憶統合に与える効果は、他の発達障害にも当てはまるのか?
ハンガリー・エルテ・ロラーンド大学とフランス・リヨン神経科学研究センターの国際共同研究チームは、自閉スペクトラム症(ASD)やその特性を持つ成人が、記憶の超高速な統合能力(「マイクロオフラインゲイン」と呼ばれる短い休憩中の学習進展)において、健常者と同等の機能を示すことを発見しました。
この研究は、ナジ・チンティア(エルテ・ロラーンド大学心理学研究所)とデゾー・ネーメト(リヨン神経科学研究センター)の主導で行われ、最新の学術誌「Brain Research」に掲載されました。
記憶の統合は、学習過程を効果的に進めるために必要不可欠なプロセスであり、新しい情報やスキルを学んだ後にその記憶を安定させ、さらに強化する役割を果たします。
これまで、このプロセスは数時間から数日かけて進行するものと考えられてきました。
しかし、近年の研究では「マイクロオフラインゲイン」と呼ばれる短時間(1分未満)の休憩中にも学習が進展することが示されています。
この現象は、運動スキルや統計的パターン学習において特に重要であり、神経学的には海馬での「神経リプレイ」と呼ばれる活動がその基盤にあると考えられています。
ASDを持つ人々は、社会的コミュニケーションの困難や行動の柔軟性の低下などの特徴を持つ一方で、多くの認知能力において健常者と同等か、それ以上の能力を発揮することがあります。
しかし、記憶統合の微細なプロセス、特に短い休憩中に生じる学習進展に関する研究は、これまでほとんど行われていませんでした。
本研究の目的は、ASD特性や診断がマイクロオフラインゲインにどのような影響を与えるかを明らかにすることでした。
研究チームは、以下の2つのグループを対象に実験を行いました。
- 自閉症特性(ASD特性)を持つ健常者166名(平均年齢21.7歳)
- ASD診断を受けた成人22名と、同年代の健常者20名
被験者には、「交互系列反応時間課題(ASRTタスク)」と呼ばれる課題が実施されました。
この課題では、画面上に並ぶ4つの円のうちランダムまたは一定の規則に従って出現する刺激に対応するキーを、速やかに正確に押すことが求められます。
課題は80試行を1ブロックとし、合計25〜40ブロックが行われました。各ブロックの間には短い休憩(数十秒から1分程度)が挟まれました。
休憩中の学習進展の評価(マイクロオフラインゲインの分析)は次のように行われました。
- 反応時間の記録と比較
各ブロック内で被験者の反応時間と正確性を記録し、休憩前(ブロック終盤)と休憩後(次のブロック冒頭)の反応時間の変化を比較しました。休憩後に反応時間が短縮されている場合、それが「マイクロオフラインゲイン」として解釈されました。 - データの統計分析
全被験者の平均反応時間の変化を統計的手法(線形回帰モデルや分散分析など)を用いて解析し、休憩中の学習進展が統計的に有意であるかを確認しました。 - 個人差の評価
自閉症特性の程度を測定した「自閉症スペクトラム指数(AQ)」と反応時間の変化の関連性を分析し、ASD特性がマイクロオフラインゲインに影響を与えるかどうかを評価しました。
研究の結果、次のような重要な知見が得られました。
- ASD診断を受けた成人およびASD特性を持つ健常者のいずれも、短い休憩中に学習が進展するマイクロオフラインゲインを示しました。
- 運動スキル(視覚-運動パフォーマンス)の向上については、全被験者が短い休憩を挟むごとに安定して改善を示しました。
- ASD特性や診断の有無が、学習進展の程度に影響を与える直接的な証拠は見つかりませんでした。
これらの結果は、ASDを持つ人々が健常者と同等の学習能力を持ち、その記憶統合プロセスが健常であることを示しています。
今回の研究は、ASD特性を持つ人々の学習特性を理解する上で大きな一歩を踏み出しました。
この成果は、教育や治療現場での実践においても、短い休憩を活用する新しい支援方法の開発につながる可能性を秘めています。
今後は、ASD特性を持つ人々の脳内活動、特に「神経リプレイ」の詳細を解明する研究や、異なる感覚モード(視覚、聴覚、触覚など)における学習プロセスの影響を探る研究が期待されています。
(出典:Brain Research)(画像:たーとるうぃず)
「短い休憩を活用する新しい支援」
ここに注目です。よりご本人に効果的な療育につながることを期待しています。
(チャーリー)